バイオリン


「ヴァイオリンの父」とよばれるアンドレア・アマティ(Andrea Amati)。四世代にわたり続いたヴァイオリン作りの一族、アマティ家の初代です。 ヴァイオリンを発明したのは? アンドレア・アマティが「ヴァイオリンの父」と呼ばれてはいますが、この呼び名は誤解を招く言い方です。既に存在していた楽器をもとに複数の職人が試行錯誤を重ねていった結果、ヴァイオリンは今私たちが知るような形になりました。なので、アンドレア・アマティがヴァイオリンを「発明」したわけではありません。 しかも、彼以前にヴァイオリンらしき楽器を作っていた職人もいます。しかし、確かな記録が残されており、なおかつ作品が現存するヴァイオリン製作者としてはアンドレア・アマティが史上初の人物となります。 頻繁にアンドレアと同列に論じられる製作者にブレシアのガスパロ・ダ・サロ(Gasparo Bertollotti da Salò)がいます。 過去にはガスパロこそが「ヴァイオリンの父」、そしてさらには、アンドレア・アマティの師匠だと思われていたことがありました。 しかし、実際にガスパロが生まれたのは1540年のことで、この前年にはアンドレア・アマティは、既に「マエストロ」としてクレモナに物件を借りています。アンドレアはこの時点で一職人としてそれなりの位置を確立していたのでしょう。 お店、別棟、それに中庭がついたこの立派な建物が、その後200年以上にわたりアマティ一族の住処、そしてヴァイオリン作りの拠点となります。 ガスパロ・ダ・サロがなぜ、ヴァイオリンの始祖だと思われていたのかは、彼とアンドレア・アマティの作品を比べてみると理解できます。幾何学に基づいているとはいえ、単純な円を基本にデザインされているのが、ガスパロの楽器。極めて原始的で実用性第一だという印象があります。 それに比べて、アンドレアの作品には何度見ても見飽きない複雑さがあり、一つの楽器を構成する全ての「線」がなんらかの意図を持って形成されています。このような洗練されたヴァイオリンが、ガスパロのいともシンプルなヴァイオリンよりも先に作られたとは考えにくかったのでしょう。 しかも、やっかいなことに、ガスパロを代表とするブレシアの製作者たちはクレモナの製作者とは異なり、作った楽器のラベルに製作年を記録しませんでした。これでは、ガスパロがアンドレアに先駆けてヴァイオリンを作ったと思われたのも仕方がないのかもしれません。 幸い、今ではガスパロの生年月日の他、彼がブレシアに移住し楽器を作り始めたのが1562年だということが分かっています。 バレエの生みの親はヴァイオリニスト ほぼ同時期にアンドレア・アマティはフランス国王、シャルル9世(Charles IX de France)の宮廷に納めるための楽器を作るという重要な使命を帯びています。 何故、フランスの宮廷から遠く離れたイタリアのクレモナからこれらの楽器を注文することになったのでしょう?おそらく、その答えはシャルル9世の母親であるカトリーヌ・デ・メディシス(Catherine de Médicis)にあります。 イタリア、フィレンツェ出身のカトリーヌは、夫であるフランス王アンリ2世の死後、まだ幼いシャルル9世の代わりに摂政として政治を行います。そんなカトリーヌは根っからの社交ダンス好き。「舞踏会や晩餐会を週に二度は催すこと」という、家臣のため息が聞こえてきそうな、どう考えてもわがままな命令を出しています。 カトリーヌとシャルル9世にダンスを教えていたのは、彼女と同じくイタリア出身のポンペオ・ディオボノ (Pompeo Diobono)と、彼の弟子であるバルダッサーレ・ディ・ベルジオジョーゾ (Baldassare di […]

【名器のお話し】アンドレア・アマティ1566年『タリーハウス』