木村哲也
バイオリン製作家

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ビオラ選びのコツ:知っておきたい3つの長さ

自分に適したビオラを見つけようとする際に問題になりやすいのは、楽器の大きさです。弦楽器のサイズは一般的に楽器本体のボディの長さで表されますが、ビオラ選びにおいては他の寸法も重要です。

お店や工房で、同じサイズ表記がされていた複数のビオラを試してみたら、「弾きやすさが全く違った!」、「同じ大きさのはずなのにどうして?」、と疑問に感じたことはないでしょうか。

この記事では、そんな疑問に答えるためにも、基本になる「3つの長さ」を主に取り上げます。それらが演奏性と音色にどのように影響するかを理解することで、ビオラ選びがより楽しく、効率よく進むようになります。

3つの長さって何?

ボディ長:

ボディ長とはネックを除いた楽器本体の長さのことです。ただし、表板ではなく、裏板の半月状のボタンと呼ばれる部分の横から輪郭の底部までの長さです。ビオラのサイズとして通常、表記されているのは、こちらになります。

ネック長:

弦長とはナット(指板の上端の弦を支えている小さな部品)から表板上部端までのネックの長さを指します。ペグボックス(糸倉)、スクロール(渦巻き)、およびボディに入っているネックの部分は含みません。

弦長:

弦長はナットから駒までの弦の長さです。ナットからペグ、駒からテールピースまでの弦は含めません。

3つの長さからわかること

左手をどれだけ開かなければいけないか

弦の長さが演奏者にとって長すぎる場合、特にC線上で正確な音程をとるためには左手4の指がほぼ平らになるまで左手を開かなければいけなくなります。こうなると、手の動きが制限され、演奏が難しくなります。

ここでの弦の長さは、上で説明した「弦長」のことです。

左腕をどれだけ伸ばさなければいけないか

ビオラを弾いているときの左腕は、バイオリンを演奏しているときよりも、よりまっすぐに伸ばした状態になります。腕が真っ直ぐに近くなるほど、肘や手首を回転させにくくなり、左手の自由度と柔軟性が下がります。つまり、ビオラが大きいほど、左手と腕、肩には無理な力がかかりやすく、演奏しにくくなるということです。

ファーストポジションで演奏する際に、どれだけ左腕を伸ばさなければいけないのかは、「ボディ長」+「ネック長」からわかります。

右腕をどれだけ伸ばさなければいけないか

弦を支えている駒の位置が身体から離れていればいるほど、弓を持った右腕をより伸ばした状態で演奏することになります。左腕と同じように、身体からより離れた状態になるにつれて負担が大きくなり、演奏しにくくなります。

右腕をどれだけ伸ばさなければいけないのかは、「ボディ長」+「ネック長」−「弦長」でわかります。

もう1つ、知っておくと得する長さ

※ボディストップは表板上で測るので、「ボディストップ+ネック長=弦長 (実際の弦の長さ)」にはなりません。個体差はありますが、足し算で出た数値に 1%たすと (1.01をかける) 実寸に近くなります。

ボディストップ:

ボディストップは表板の上端から駒が立っている位置までの長さのことです。

通常、f字孔のニックと呼ばれる切り込みまでの長さが駒の位置を示すと言われています。しかし、実際には、この基準に必ずしも従わないことがあります。ビオラはバイオリンよりも寸法の自由度が高く、古い楽器はもちろん、新しい楽器でも、意図的にこの標準位置からずれて駒が設置されることがあります。

バイオリンは、ボディストップとネック長の長さの比率が決まっており、「3:2」になっているのが正解とされます。しかし、ビオラにおいては、同じ「3:2」を基準にしながらも、演奏性に対する配慮からいくつかのバリエーションが存在します。

ネックを短くする場合

弦長が長くなりすぎるのを防ぐために、「3.1 : 2」、「3.2 : 2」などの比率を使います。

ボディストップが220mmの場合、「3:2」だとネック長は146.5 mmになりますが、「3.1 : 2」では142mm、さらに「3.2 : 2」だと137.5mmとかなり短くなります。

ボディの大きさはそのままでネックを短くすることができるので、合理的に思えますが、リスクを伴う方法です。なぜなら、ボディストップに対してネック長が短くなることによって、ハイポジションでの演奏がより困難になるからです。特にボディの輪郭がなで肩ではなく、角ばっているモデルでは注意が必要ですし、ネックの形にも工夫が必要です。

ネックを長くする場合

ネック長を「3:2」の比率で求めた数値に1.5~3.0mmプラスする方法です。

ボディストップが220mmの場合、ネック長が148~149.5mmになります。

わざわざネックを長くするのは意外かもしれませんが、ビオラの形やセットアップの組み合わせによっては、主にハイポジションでの演奏性を向上させます。

モデルによる違い

それでは、これらの長さを使ってビオラを比べてみましょう。

クレモナのアンドレア・グァルネリ(左)とブレシアのマッジーニ(右)をモデルにした場合

図の左側がクレモナの製作者アンドレア・グァルネリをモデルにしたビオラ、右側にあるのがブレシアの製作者マッジーニをモデルにしたビオラです。

まず、ボディ長を比べてみます。この2つのビオラはどちらも412mmで同じですね。では、このビオラは全く同じ大きさなのかというと、そうではありません。

弦長に注目してみると、なんとグァルネリのほうが20mmも短くなっています。これはf字孔がマッジーニの場合、ボディのより上のほうに配置されており、それに応じて駒が立っている位置もよりネックに近くなっているからです。

弦長が短くなっているために、ネック長もグァルネリより8mmm短くなっています。これにより、左腕をどれだけ伸ばす必要があるのかの目安になる、楽器下部の端からナットまでの長さも、同じだけ短くなっています。

見落としがちですが、弓を持つ右腕をどれだけ伸ばす必要があるのかの目安になる、楽器下部の端から駒までの距離にも大きな違いがあります。この長さは、マッジーニのほうが12mm長くなります。

じゃあ、どっちが良いの?

「同じボディの大きさなら、マッジーニのほうが扱いやすそうで良いんじゃない?」と思うかもしれませんが、ここまでで触れてこなかった音色との関係があるので、一概にそうとは言い切れません。

通常ビオラの大きさとして表記されるボディ長と、同じくらい音色に影響を与えるのが、弦長だからです。「ビオラは大きいほうがよく鳴る」、つまりボディ長が長いほど音が良い、というのが通説です。しかし、いくらボディが大きくても、楽器の振動の源である弦の長さが足りなくては、ビオラ本体を、特にC線を演奏するときに鳴らしきれません。

このマッジーニのモデルもいわゆる「基準」から少し外れた設定にすると、より朗々とした響きになります。前述したように、駒の位置をf字孔の切り込みよりも下にする、ネック長を「3:2」で求めた寸法に数mmプラスする、などの方法がとれます。

小さなビオラを探すとき

この弦長が重要なのは中くらい〜大きめのビオラを探すときだけでは、ありません。むしろ、400mm以下の小さなビオラを探したいときにこそ、鍵になる寸法です。

なぜなら、どうしても低音域のパワー不足や開放感のなさに悩まされることが多い小さなビオラでも、弦長をボディ長に対して長めにとってあげることで、そのような欠点を補えるからです。

ここで、前出のグァルネリとヴェネチアの製作者ベロジオをモデルとしたビオラを比べてみましょう。

アンドレア・グァルネリ(左)とベロジオ(右)をモデルにした場合

ボディ長は、グァルネリよりもベロジオのほうが22mmも短いですが、なんとネック長と弦長はほとんど変わりません。

これは、マッジーニとは逆で、ベロジオのf字孔がボディのより下側に配置されているからです。結果、弦長が長くとれます。

ベロジオはやや極端な例ですが、このようにボディの長さに対して比較的長めの弦長になっているビオラは、小さめのビオラが欲しいけれど音色にあまり妥協はしたくない、という演奏者におすすめです。

まとめ

新しくビオラを探すことになったら、まずは今使っているビオラの「3つの長さ」を知ることにしましょう。傷をつける心配のない柔らかいメジャーテープで測るのがおすすめですが、自分で測るのが怖い、正確に測れる自信がない、という人は行きつけの職人などの専門家に頼んでみてください。きっと、ボディ長だけではわからなかった楽器の問題点や解決策が見えてきます。

例えば:
・「左手が小さい」→「弦長が長すぎないビオラを探す」
・「右手首が痛くなる」→「駒から楽器下部端までの距離が短いビオラを探す」

といった感じです。

楽器店や工房でビオラを見せてもらうときにも、より具体的に自分が欲しいものを店員や職人に伝えることができるでしょう。

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