名器


Stradivari Viola Copy
比較的状態の良いストラディヴァリの渦巻きを見ると、輪郭の角を落とす面取りと呼ばれる加工のしてある部分が、黒く塗られているのがわかります。 これはアントニオ・ストラディヴァリが1690年頃に始めたもので、それ以前の作品には見られない特徴です。輪郭を強調させようとしたのでしょうか。ちょうど面取りそのものの幅が広くなるのと同時期です。 上にあるのが1690年以前の黒塗りがされていない渦巻きで、下が1690年以降の黒塗りがされている渦巻きになります。彫り方を比べてみてもその作風がかわっているのがわかりますね。

ストラディヴァリのスクロールその2


Betts Scroll Outline
スクロールは製作者の個性が際立って現れる箇所です。当時の楽器としては比較的精度が高いストラディヴァリの楽器でも、渦巻きを見ると彼の癖がよくわかります。  ストラディヴァリの黄金期に作られたヴァイオリンの渦巻きに特に目立つのが、楕円形です。言葉で説明するのが難しいので上にある図を見てください。 このような癖があるので、高音側から見たときの渦巻きには頭をもたげていくような印象があり、低音側から見たときには逆に頭をうつむかせていくような印象があります。幾何学的に描かれる渦巻きからずれていることで独特の動きと流れが出ています。  1704年製『ベッツ』の渦巻きの輪郭だけを残し、両側を重ねてアニメーションにしました。こうしてみると違いがわかりやすいですね。 

ストラディヴァリのスクロール


2011 Bergonzi Copy
ヴァイオリンのデザインと聞くと、まず思い浮かべるのがボディの輪郭ですよね。しかし、表裏板の膨らみ、つまり『アーチ』も楽器の音色と密接に関係するデザインの要素です。では、そのアーチはどのようにデザインされているのでしょうか。 16〜18世紀半ばのクレモナのヴァイオリンのアーチの美しさには目を見張ります。同じクレモナの楽器でも、アーチには様々なスタイルがあり、同じ製作者が作ったものでも時期が違えばおもむきが正反対のアーチを使っていたりします。しかし、彼らのアーチにはいつもなにか共通した文法のようなものが存在しています。常に美しくありながら自由度が高いデザインの方法を知っていたのでしょう。クレモナの巨匠がアーチのデザインを得るためにおそらく使っていただろうと現在幅広く認められているのが、短縮サイクロイド曲線(Curtate Cycloid)というものです。短縮サイクロイドを使ってオールドヴァイオリンを分析し発表したのはトゥリオ・ピゴリ (Tullio Pigoli)が初めてだったと言われていますが、これとは別に独自の研究を行い発表し、普及させたのがクエンティン・プレイフェア  (Quentin Playfair)です。ピゴリの記事は1984年4月号の『Liuteria』に、プレイフェアの記事は1999年11月号の『The Strad Magazine』に掲載されています。短縮サイクロイドについての詳しい説明はここでは省略し、ここでは短縮サイクロイドを実際にどのように使ってアーチを描くのかをご紹介します。まずはデル・ジェスの父親であるグァルネリ・フィリウス・アンドレアが1705年頃に製作したヴァイオリンを例として説明します。古い楽器のアーチは経年変化によって歪んでいることが多くこの楽器も例外ではないのですが、ここでは一番歪みが少ない部分である裏板のアッパーバウツのアーチを使います。 まずは描きたいアーチの幅と高さをだします。ここで注意するのは、これらの寸法をアーチが一番低くなっている点を基準にして測るということです。なので、ここでいうアーチの高さ=表裏板の高さではありません。また、ボディの幅が同じ楽器でも掘りの広さによってアーチの幅は変わってきます。 2つの寸法を使ってこのような円盤を作ります。円盤が一回りしたときの距離、つまり円周がアーチの幅と一緒になるようにしたいので、直径をアーチの幅÷3.14で求めます。さらに円盤の中心からアーチの高さ÷2の位置に鉛筆の先が入る大きさの穴を開けます。これで準備完了。あとは動画にあるように簡単に短縮サイクロイドが描けます。 https://youtu.be/ic9JU4iSLmk 出来上がった曲線はこのようになります。美しいですね。 サイクロイドで描いた曲線をオリジナルから写されたアーチと比べてみます。歪みや製作過程で生まれる誤差を考慮するとほぼ完璧に一致しています。ここまで合っていると偶然とはとても思えません。 表板は裏板に比べると歪みが酷く、短縮サイクロイドが当てはまらないことが多いのですが、このフィリウス・アンドレアでは裏板用に描いた曲線がピッタリとあいます。  大きさの違う円盤をいくつか用意すれば様々なモデルに対応して使えます。アッパーバウツのみならずセンターやローアーバウツのアーチも描けますし、もちろんヴィオラ、チェロにも対応できます。 後期の作品では例外もありますが、グァルネリ・デル・ジェスのアーチにも綺麗に短縮サイクロイドが当てはまります。ここでは『バルティック』のアーチで試してみましたが、パガニーニが愛用していたことで有名な『キャノン』のアーチにも短縮サイクロイドが適用できます。グァルネリ・デル・ジェス 1731年製『バルティック』アッパーバウツ 幅:148mm 高さ:8mm もちろんストラディヴァリのアーチにも短縮サイクロイドが使われています。アントニオ・ストラディヴァリ1709年製『ヴィオッティ』アッパーバウツ 幅:155mm 高さ:7mm  アマティに代表される掘りが広く深いアーチも描けます。ニコロ・アマティ『アラード』アッパーバウツ 幅:133mm 高さ:9.5mm このようにアマティからデル・ジェスにいたるまで、昔のクレモナの製作者は短縮サイクロイドをもとにアーチをデザインしていたようですが、その他の地域ではどうだったのでしょうか?ヴェネチアを代表する製作者の一人であるドメニコ・モンタニャーナのアーチを見てみましょう。 クレモナのアーチと同じように描こうとするとずれが生じます。  しかし、オリジナルのアーチが一番低いところを基準にするのではなく、パフリングからパフリングまでの距離をアーチの幅としてサイクロイドを描き直すと一致します。ドメニコ・モンタニャーナ 1717年製ヴァイオリン アッパーバウツ 幅:155mm 高さ:7mm 円盤を使ってアーチを描くのは非常に楽しい作業なのですが、そんなことはやってられないというかたは、こちら のウェブサイトをどうぞ。必要な数値を入力するだけで短縮サイクロイドを描いてくれます。あとはPDFで出力して印刷すればOK。ただしプリンターの設定によっては勝手に縮小されて印刷されてしまうことがあるので、必ず確認するようにしてください。

アーチのデザイン



弦楽専門誌『ストリング』でおよそ二年ほど連載されたコラムでは、オールドの名器と製作者たちをわかりやすく紹介しました。ここに連載で取り上げたヴァイオリン製作者/楽器の一覧を載せておきます。興味を惹く記事が見つかりましたら、ぜひ、バックナンバーを取り寄せてご覧になってください。 2010年10月号 アントニオ・ストラディヴァリ 1716年作 『メサイア』 (Antonio Stradivari 1716 "Messiah")11月号 グァルネリ・デル・ジェス 1741年作 『ヴュータン』 (Guarneri del Gesu 1741 "Vieuxtemps")12月号 アンドレア・アマティ 1566年作 『タリー・ハウス』 (Andrea Amati 1566 "Tullie House")2011年1月号 アントニオ・アマティ 1588年作 『メンデルスゾーン』 (Antonio Amati 1588 "Mendelssohn")2月号 ジロラモ・アマティ 1611年作 ヴァイオリン (Girolamo Amati 1611)3月号 ニコロ・アマティ 1649年作 『アラード』 (Nicolo Amati 1649)4月号 ニコロ・アマティ 1630年作 ヴァイオリン (Nicolo Amati 1630)5月号 ジャコモ・ジェナロ 1611年作 ヴィオラ (Giacomo Gennaro 1611)6月号 アントニオ・ストラディヴァリ 1721年作 『レディ・ブラント』 (Antonio Stradivari 1721 "Lady Blunt")7月号 ニコロ・アマティ 1675年作 ヴァイオリン (Nicolo Amati 1675)8月号 ジョヴァンニ・バティスタ・ロジェリ 1695年作 『ランカシャー・ストラド』 (Giovanni Battista Rogeri 1695 "Lancashire Strad")9月号 カルロ・ベルゴンツィ 1732年作 『パーキン、バーンフォード』 (Carlo Bergonzi 1732 […]

『知っているようで知らない名器の逸話』


Serafin
ニスが塗られている木の肌の色と質がニスの見栄えに与える影響は非常に大きいことは知っていますか。通常オールドにはリタッチ(色直し)という修理がされているため、この木の色を裸の状態で見ることは稀です。一見ニスがはげてしまっている箇所も実は巧妙にリタッチが施されていたり、汚れていたりするため実際の色よりも濃く見えていることがほとんどです。オールド・イタリーは黄金色の下地を持っているなんていう話をよく聞きますが、大抵の場合、想像するよりもずっと薄い色をニスの下の木はしています。写真にあるのは事故でニスが取れてしまったセラフィンの裏板です。オリジナルに近い状態で残っているニスはCバウツのパフリングの辺り。同じCバウツでも楽器のセンターよりで見られるのは、一度ニスがはげてしまった木を再びリタッチによってカバーした状態です。新たにニスが取れてしまった箇所と色の違いをくらべてみてください。

Santo Serafin