木村哲也
バイオリン製作家

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アーチのデザイン

バイオリンのデザインと聞くと、まず思い浮かべるのがボディの輪郭ですよね。しかし、表板と裏板の膨らみ、つまり『アーチ』も楽器の音色と密接に関係するデザインの要素です。では、そのアーチはどのようにデザインされているのでしょうか。

バイオリンに重要なアーチ

16〜18世紀半ばのクレモナのバイオリンのアーチの美しさには目を見張ります。同じクレモナの楽器でも、アーチには様々なスタイルがあり、同じ製作者が作ったものでも時期が違えば、おもむきが正反対のアーチを使っていたりします。

しかし、彼らのアーチには、いつもなにか共通した文法のようなものが存在しています。常に美しくありながら、自由度が高いデザインの方法を知っていたのでしょう。

裏板のアーチの拡大
美しいアーチから生まれる美しい音色

短縮サイクロイド曲線

クレモナの巨匠がアーチのデザインを得るためにおそらく使っていただろうと現在幅広く認められているのが、短縮サイクロイド曲線(Curtate Cycloid)というものです。

短縮サイクロイドを使ってオールドバイオリンを分析し発表したのはトゥリオ・ピゴリ (Tullio Pigoli)が初めてだったと言われていますが、これとは別に独自の研究を行い発表し、普及させたのがクエンティン・プレイフェア  (Quentin Playfair)です。ピゴリの記事は1984年4月号の『Liuteria』に、プレイフェアの記事は1999年11月号の『The Strad Magazine』に掲載されています。

短縮サイクロイドについての詳しい説明はここでは省略し、ここでは短縮サイクロイドを実際にどのように使ってアーチを描くのかをご紹介します。

Guarneri filius Andrea 1705

まずはデル・ジェスの父親であるグァルネリ・フィリウス・アンドレアが1705年頃に製作したバイオリンを例として説明します。古い楽器のアーチは経年変化によって歪んでいることが多くこの楽器も例外ではないのですが、ここでは一番歪みが少ない部分である裏板のアッパーバウツのアーチを使います。

アーチをどのように測るか

まずは描きたいアーチの幅と高さをだします。ここで注意するのは、これらの寸法をアーチが一番低くなっている点を基準にして測るということです。なので、ここでいうアーチの高さ=表裏板の高さではありません。また、ボディの幅が同じ楽器でも掘りの広さによってアーチの幅は変わってきます。

短縮サイクロイドを描くための円盤

2つの寸法を使ってこのような円盤を作ります。円盤が一回りしたときの距離、つまり円周がアーチの幅と一緒になるようにしたいので、直径をアーチの幅÷3.14で求めます。さらに円盤の中心からアーチの高さ÷2の位置に鉛筆の先が入る大きさの穴を開けます。これで準備完了。あとは動画にあるように簡単に短縮サイクロイドが描けます。

https://youtu.be/ic9JU4iSLmk
コロコロ……
円盤を使って紙に描かれた曲線
出来上がった曲線

出来上がった曲線はこのようになります。美しいですね。
では、サイクロイドで描いた曲線をオリジナルから写されたアーチと比べてみましょう。

オリジナルのアーチとサイクロイド曲線を重ねて比べる
Guarneri filius Andrea 1705 裏板のアーチ

歪みや製作過程で生まれる誤差を考慮するとほぼ完璧に一致しています。ここまで合っていると偶然とはとても思えません。

グァルネリ・フィリウス・アンドレア 1705年製バイオリン
アッパーバウツ 幅:154mm 高さ:9.5mm

表板のアーチとサイクロイド曲線を重ねて比べる
Guarneri filius Andrea 1705 表板のアーチ

表板は裏板に比べると歪みが酷く、短縮サイクロイドが当てはまらないことが多いのですが、このフィリウス・アンドレアでは裏板用に描いた曲線がピッタリとあいます。

それぞれ違う大きさで用意されたサイクロイド曲線用の円盤

大きさの違う円盤をいくつか用意すれば様々なモデルに対応して使えます。アッパーバウツのみならずセンターやローアーバウツのアーチも描けますし、もちろんビオラ、チェロにも対応できます。

Guarneri del Gesu 1731『Baltic』

グァルネリのオリジナルアーチとサイクロイド曲線
Guarneri del Gesu 1731『Baltic』

後期の作品では例外もありますが、グァルネリ・デル・ジェスのアーチにも綺麗に短縮サイクロイドが当てはまります。ここでは『バルティック』のアーチで試してみましたが、パガニーニが愛用していたことで有名な『キャノン』のアーチにも短縮サイクロイドが適用できます。

グァルネリ・デル・ジェス 1731年製『バルティック』
アッパーバウツ 幅:148mm 高さ:8mm

Antonio Stradivari 1709『Viotti』

ストラディヴァリウスのアーチとサイクロイド曲線
Antonio Stradivari 1709『Viotti』

もちろんストラディヴァリのアーチにも短縮サイクロイドが使われています。

アントニオ・ストラディヴァリ1709年製『ヴィオッティ』
アッパーバウツ 幅:155mm 高さ:7mm

Nicolo Amati 1649『Alard』

アマティのアーチとサイクロイド曲線
Nicolo Amati 1649『Alard』

アマティに代表される掘りが広く深いアーチも描けます。

ニコロ・アマティ1649年製『アラード』
アッパーバウツ 幅:133mm 高さ:9.5mm

クレモナ以外のアーチは?

このようにアマティからデル・ジェスにいたるまで、昔のクレモナの製作者は短縮サイクロイドをもとにアーチをデザインしていたようですが、その他の地域ではどうだったのでしょうか?

Domenico Montagnana 1717

ヴェネチアを代表する製作者の一人であるドメニコ・モンタニャーナのアーチを見てみましょう。

モンタニャーナのアーチとサイクロイド曲線
Domenico Montagnana 1717

クレモナのアーチと同じように描こうとするとずれが生じます。

モンタニャーナのアーチとサイクロイド曲線
アーチの幅を修正すると一致

しかし、オリジナルのアーチが一番低いところを基準にするのではなく、パフリングからパフリングまでの距離をアーチの幅としてサイクロイドを描き直すと一致します。

ドメニコ・モンタニャーナ 1717年製バイオリン
アッパーバウツ 幅:155mm 高さ:7mm

円盤を使ってアーチを描くのは非常に楽しい作業なのですが、そんなことはやってられないというかたは、こちら のウェブサイトをどうぞ。必要な数値を入力するだけで短縮サイクロイドを描いてくれます。あとはPDFで出力して印刷すればOK。ただしプリンターの設定によっては勝手に縮小されて印刷されてしまうことがあるので、必ず確認するようにしてください。

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